雪深い冬の食卓を豊かに彩る塩蔵山菜。奥会津・柳津町で味わえる里山の魅力とは

里山マルシェは、日本各地の工芸産地の四季の魅力を紹介していきます。里山マルシェVol.1では福島県柳津町に自生する山菜の魅力についてご紹介します。

福島県会津地方に位置する柳津町。そこにある五畳敷という小さな集落は、豊かな自然に囲まれた山里だ。そんな五畳敷の静かな山あいに建つのが、昔ながらの佇まいを見せる老沢温泉旅館。古くから湯治客が訪れる宿としても知られており、地元ならではの山菜料理を振る舞っている。都会では味わえない新鮮な山の恵みは、訪れる人々の舌を楽しませ、心を癒す。「山菜は手間がかかるけれど、本当においしいんですよ」と語る老沢温泉旅館の女将、菊地美奈子氏に、五畳敷に受け継がれる山菜料理の魅力について語ってもらった。

 

柳津のわらび畑

山菜の塩漬けは五畳敷の伝統料理

五畳敷にある老沢温泉旅館は、この地域の山菜料理を堪能できる宿のひとつだ。女将の菊地美奈子氏は、結婚を機にこの地に移り住んだ。他の地域から嫁いできた菊地氏は、生まれ育った土地と五畳敷の食文化の違いに驚いたと言う。

 

「春先になると、男の人たちが山で山菜を採ってくるんです。それを夜な夜な塩漬けするのが私たち女の役目。男の人は、採ってきたらお酒を飲んで終わりだから(笑)。『あ、また採ってきた』って思いながら、土間で始末していましたよ」(菊地氏)

 

山菜採りの季節が終わると、次はキノコ採りが始まる。

 

「食べられるキノコかどうか、私たちには見分けることができないので今はもう採ってくることはないけれど、昔は石づきを取って塩蔵していました。それがまたおいしくて。『もだし』っていう雑キノコだけど、マイタケやマツタケなんて目じゃないくらいおいしかったです」(菊地氏)

 

昔は、集落で飼われていた豚や、山で捕まえたウサギを使って鍋料理を作っていたこともあるそうだ。

 

「朝起きると軒先にマムシがぶら下がっていたこともありました。マムシは焼酎に漬けるんです。栄養価が高いから、うちの宿に来ていたお客さんたちも喜んで、炭焼きにして食べていましたよ。皮を剥いで焼くんだけど、その臭いがまたすごいんです」(菊地氏)

 

まさに、山あいの集落ならではの食文化だろう。山菜料理は、そんな五畳敷に今でも伝わる伝統的な料理のひとつである。

 

わらびの塩蔵

 

4月は山菜の王様ウド、5月から8月はわらび

五畳敷では、春から夏にかけてさまざまな山菜が顔を出す。中でも、わらびはこの土地に住む人にとって最も身近な食材だという。

 

「わらびは、道端や家の前にも生えているんです。だから、わざわざ山に入らなくても採れる。子どもたちが学校帰りに採ってくることもありますよ。栽培もしていて、採ってきたわらびを、空いている畑や山に植えています」(菊地氏)

 

わらびが採れる時期は5月から8月。採れば採るほど出てくるので、長い期間楽しめるのも魅力だ。採ったわらびは、一晩かけてアクを抜くと翌日おいしく食べられる。また、塩漬けにしておけば、一年を通して食べられるともいう。

 

「塩蔵のわらびは、一度ゆでて塩抜きをしてから食べます。ゆでるときに銅の鍋を使うと、抹茶色だったわらびが真っ青に戻るんです。昔は、冬場になると緑の野菜を食べられなかったので、塩抜きしたわらびが唯一食卓を緑に飾る食材でした」(菊地氏)

 

わらびが出始める少し前の4月頃は、ウドの旬だ。地元の人にとって、ウドはやや格が上の山菜という印象があるようだ。どこにでも出てくるものではないことと、旬が短いというのが理由かもしれない。

 

「私はなかなか見つけられないんですけど、うちのばあちゃんはよく見つけてきますよ。一緒に山に入ると、『あっちにもあるんだ』と言って、どんどんやぶを分けて行っちゃう。『戻って来られなくなるよ』って言っても、ウドしか目に入っていないから聞く耳も持たなくて(笑)。それで、しばらくすると花束みたいにウドを抱えて、ニコニコしながら戻ってくるんです」(菊地氏)

 

ウドは、アク抜きが不要なので、採ってすぐ食べられるほか、ゆでたり、塩漬けして保存したりもできる。

 

「旬の時期は生で食べて、冬場は塩蔵したものを食べます。塩蔵したウドは、ぜひ皆さんに食べていただきたいですね。私は個人的に生でも塩蔵でも、山菜の中ではウドが一番好きです。スーパーに行くと、栽培されたウドが売られていますが、この辺にあるのは天然ものばかり。天然のウドは野性的な味で、スーパーで売られているものとは全然違います。ときどき、天然のウドがまだ出てくる前にスーパーで買ってくることもありますが、うちのばあちゃんは『こんなのウドじゃねえべ』なんて言いながら食べていますよ」(菊地氏)

 

柳津のわらび畑

 

山菜があるおかげで寒い時期こそ食が豊かになる

こごみやぜんまいも、五畳敷ではよく食べられている山菜だ。こごみは一株ごそっと出るものの、採り過ぎてしまうと、翌年出てこなくなったり細くなったりしてしまう。そのため、必ずいくつかの芽を採り残しておくというのが、暗黙の山の掟だ。採ったこごみは、乾燥させると乾物として保存できる。また、今は少なくなったが、昔は水菜も採ってきて塩漬けにしていたという。

 

「海のものは釣ってきてそのままおいしく食べられるのに、山のものは手をかけないと食べられない。山菜って、採るのも処理するのも、本当に手間がかかるんです。それこそ、朝から晩までかかって処理しています。夏場の炎天下の下で揉むときも、揉み方を間違えると機嫌を損ねて仕上がりが全然違ってしまう。全く別物になってしまうんです。塩蔵したものを食べるときにも、塩抜きに2日間ほどかかりますし。でもね、手間はかかるんだけど、その分やっぱりおいしいんですよ。特に、わらびは余すところなく食べられます。山菜の中でも一番の優等生じゃないですか」(菊地氏)

 

五畳敷がある会津地方は、冬になると積雪量が多くなる地域でもある。一晩雪が降ると、朝には積雪で外に出られなくなるほどだという。雪がほとんど降らない都会に住む者から見ると、不便で大変そうな五畳敷の冬だが、寒い時期こそ食が豊かになると菊地さんは語る。

 

「外に出る必要がないんです。夏場、冬のために貯蔵しておいた山菜がありますから。塩蔵した山菜を、寒い時期に少しずつ塩抜きしながら食べるのがいいんです。寒くなると、漬物もおいしくなります。実は蕎麦も冬の方がおいしいんですよ。今の人たちは、夏場に蕎麦を食べるイメージがあると思いますが、我々にとって、蕎麦は冬の食べ物なんです」(菊地氏)

 

冬の奥会津景色

 

ここでしか味わえない料理を体験しに来てほしい

五畳敷の人々にとっては当たり前の山菜の塩蔵も、都会に住む人たちにとってはなかなか味わうことのできない郷土料理だ。菊地氏に、あらためて山菜の魅力について尋ねてみると、こう答えた。

 

「何が魅力と聞かれても、私たちにとってはあまりにも身近過ぎてね。今までは、わざわざお客さんに出すのもどうなんだろうと思っていました。宿に来てくれたお客さんにも、『わらびしかないんですけど』っていう感じで出していたんです。そうすると、『わらびだ!』って言ってすごく喜んで食べてくれるんですよ。確かに、ここでしか味わえない料理なんだなと、あらためて分かりました」(菊地氏)

 

自分で採った山菜を塩漬けして、土産として持ち帰る宿泊客もいるという。持ち帰って近所の人に振る舞うと、非常に喜ばれるそうだ。以前は、湯治客同士でいろいろな料理を作り、交換しながら食べることもあったと菊地氏は話す。

 

「昔は、旅館の宴会場に知らない人たちが雑魚寝するほど、たくさんの湯治客が来ていました。大きな荷物を担いだ行商さんが、新潟からわざわざ乾物を売りに来たり、それを近所の人が買いに集まったりしたこともあります。今はスーパーで買えるので、そういうことも減ってしまいましたね」(菊地氏)

 

時代の変化は、山菜採りにも影響を及ぼしている。山菜が植えられている土地を管理する後継者の問題だ。

 

「後を継ぐ人がいなくて、土地が荒れてしまっているところもあります。ばあちゃんたちの世代が山から株を持ってきて植えたところが伸び放題になってしまっているんです。もったいないですよね。ぜひ都会の人に来ていただいて、山菜採りを体験してもらいたいです。お客さんが自分で採ったわらびを自分で塩蔵して、それを保管しておけるようなサービスを提供できたらと考えているところです。この辺りは、わらびの旬になる夏場でも夜はエアコンがいらないくらい涼しいですし、6月には蛍を見られることもあります。ぜひ、五畳敷でしか味わえない山菜料理を食べに来てほしいです」(菊地氏)

 


お話を聞いた菊地タミ子さん(右)、美奈子さん(左)

菊地氏から柳津に春の訪れをつげるふきのとうが芽をだしたよ、と連絡を頂いた。
クラフトレターでは、期間限定で菊地氏に採取頂いた柳津産ふきのとうを使用したクリームコロッケを東京・四谷の日本料理しうがさんにご協力を頂き販売しています。
2025年4月中旬から2025年5月末までの期間限定販売となっているのでぜひチェックしてみてください。

柳津産ふきのとうを使用したクリームコロッケはこちらから購入頂けます。

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