繊細かつ力強い彫りと、漆の深い色調が織りなす鎌倉彫。45年間、作品づくりに没頭する職人に聞く、「鎌倉彫の魅力」とは

前略、陰影ある彫りと深みのある漆の色調が美しい、鎌倉彫の魅力を知りたいアナタへ

「夢中になりすぎて、時間を忘れて取り組んでしまう」そんな経験をしたことはないでしょうか。

 

今回取材した鎌倉彫 勢屋・志知勢次氏は、鎌倉彫歴45年の一般財団法人 伝統的工芸品産業振興協会が指定する伝統工芸士。長年、鎌倉彫に従事されているにも関わらず、「つくることが楽しすぎて、気が付くと2日寝てないという日がざらにある」と楽しそうに話す生粋の職人。最長ではなんと1週間徹夜したことがあるという志知氏に、時間を忘れるほど夢中になってしまう、鎌倉彫の魅力についてお聞きしました。

 

志知勢次(Shichi Seiji)氏 鎌倉彫 勢屋 / 1954年 神奈川県平塚市生まれ。1976年 鎌倉彫白日堂にて伊志良博先生に師事。1989年 桃林堂ギャラリー(東京、青山)にてグループ展(グループiza)。1991年 ギャラリー粋(東京、東大和市)にて個展。1994年 独立。 これより2年ごとにグループ展参加1999年 鎌倉、一翠堂ギャラリーにてグループ展(グループSTEM)。2000年 玉川高島屋クリエイティブ工房にて「木と漆三人展」。2001年 玉川高島屋クリエイティブ工房にて「和趣あふれる、木と漆の器たち展」。第35回鎌倉彫創作展大賞と2011年 伊丹国際クラフト展審査委員長賞を受賞。

 

一度は就職をするも、“物づくり” の想いに動かされ「鎌倉彫」の道へ

 

鎌倉彫の特徴は、繊細かつ力強い彫りと漆の深い色調。1つ1つの作品から生命力を感じる伝統的工芸品・鎌倉彫の起源は、今から700~800年前の鎌倉時代にまで遡ります。

 

当時、中国から伝わった堆朱(ついしゅ)や堆黒(ついこく)と呼ばれる美しい工芸品に心奪われた仏師たちが、堆朱や堆黒の精巧な彫刻と漆を塗り重ねる技術を、どうにか仏具に使えないかと考えたのが鎌倉彫のはじまり。当初は仏具として発展した鎌倉彫でしたが、明治時代の文明開化や廃仏毀釈の影響を受け、盆や茶碗といった生活用品に応用され、現代にまで受け継がれています。

 

 

 

神奈川県平塚市出身の志知氏は、大工の父のもとに生まれ、祖父も宮大工という物づくりの家系で育ちました。幼いころから父の仕事場を遊び場にしていた志知氏は、仕事場にあった木材で、自分が思い描く自動車や船をつくって過ごしていたといいます。

 

「物心つくころから、物づくりが身近にありましたね。母の勧めで一度は一般企業に就職しましたが、やっぱり物づくりがしたいという思いを捨てきれずにいました。」(志知氏)

 

 

そんな矢先、志知氏は鎌倉彫の鎌倉彫職業訓練校が開校するというニュースを耳にします。鎌倉彫については何も知らなかった志知氏でしたが、直感で「これだ」と思い、鎌倉彫の世界へと足を踏み入れます。

 

楽しすぎて、気が付けは45年! 全工程携われる「鎌倉彫」の魅力

 

鎌倉彫職業訓練校へ入学した後は、なんと一日17時間も物づくりをするほど鎌倉彫の世界に没頭した日々を過ごした志知氏。養成学校2年目の実習でお世話になった鎌倉彫の老舗・白日堂に就職をし、20年近く働いて現在に至ります。

 

「ものをつくることは楽しいですよ。全く飽きません。技術を教わって、自分のものにし、形をつくっていくことは本当におもしろい。やりだしたら時間が経つのもあっという間で、気が付けば45年経っているという感覚です(笑)。でも、鎌倉彫を習い始めた頃よりも、長く関わっている今の方が断然おもしろいですね。」(志知氏)

 

 

先日も夢中になりすぎて、3日間も徹夜をしてしまったと笑う志知氏。誰しも、何かに没頭して時間を忘れてしまう経験をしたことがあると思いますが、3日間も徹夜をしてしまうとは驚きの集中力です。

 

「気が付けば、寝ずに1週間経っていたこともあります。その時はさすがに倒れてしまったんですけど、飽きないからこそ、やりすぎちゃうんですよ。その理由は自分でもよく分からないですけど…。鎌倉彫が好きなんでしょうね。」と優しい表情で志知氏は語る。

 

 

「鎌倉彫は制作工程が多いんです。デザインを考え、木地をつくり、彫り、塗る。その全工程を一人の職人が手掛けることができるのも、鎌倉彫の魅力の1つだと思っています。」(志知氏)

 

湿度と時間が勝負! 職人技が光る、鎌倉彫特有の技法「乾口塗り」

 

鎌倉彫の美しさの鍵となるのは「彫り」と「塗り」。数十工程にも分かれる鎌倉彫の制作工程の中で、「刀痕(とうこん)」と「乾口(ひくち)塗り」が鎌倉彫特有の技法です。今回は実際に「乾口塗り」の様子を見せて頂きました。

志知氏が使用する鎌倉彫の原料は、北海道産の桂の木。北国の厳しい環境で育つことで、木の目が細く、軽くて、変形しにくいという特徴があり、志知さんは「素直な木」と話す。北海道産に限らず、桂の木は鎌倉彫によく用いられている素材となっている。

  

「乾口塗りの工程では、漆を塗った後に真菰(まこも)っていう粉を蒔くんです。これは鎌倉彫独特の技法なんですけど、真菰を蒔くことで仕上がりがマットになります。漆を使うことでどうしても表面が艶っぽくなってしまうので、艶を抑えるためにと使われはじめたのが真菰だと言われています。」(志知氏)

 

上塗り後、真菰を蒔き、乾燥した後に研ぐことで、彫刻部分に陰影ができる。結果、全体的に落ち着いた古色掛かったような色調になるのが特徴だといいます。

 

真菰を蒔いている様子。真菰はイネ科の植物が原料で、筋交い(スジカイ)刷毛を用いて真菰をまきつけていく。真菰をまきつけることで、浅肉彫りで彫った柄を浮き上がらせる効果があるそう。

 

「真菰を蒔くタイミングは、上塗りが乾く寸前。湿度は65%くらいで、上塗りをしてから1時間前後がタイミング。それを過ぎちゃうと真菰を吸い込まなくなっちゃうし、逆に早く真菰を撒いてしまうと表面の肌が荒れてしまう。この見極めがとても難しいんです。」(志知氏)

 

湿度の具合では、工程を進めることができない日もあるという志知氏。湿度や時間までを考慮しながら作り上げる技術は、まさに職人だからこその成せる技です。

 

「あなたにつくってほしい…!」 お客様の依頼で生まれた、丈夫な鎌倉彫の指輪

 

志知氏が取り組んでいる作品には、お盆やお皿だけでなく、文鎮や鏡、ピアスなど、生活に根ざしたものも多くあります。日常品をつくる背景には「生活スタイルが変わっても使いたいと思ってもらえる物づくりを大切にしたい」という志知氏のあたたかい思いがありました。

 

作品タイトル「文箱(ふばこ)」。筆を入れる箱を、鎌倉彫らしい「重ね彫」を用いて表現。今回は、イチョウの葉を1枚、2枚と立体的に重ねて彫っており、志知氏が桂の木を板から手彫りをして、作り上げた一品。色は、「金消し粉(きんけしふん)」と呼ばれる素材により、黄色味を帯びた色合いになっている。彫った後に、①青漆を塗り、②金消し粉をまきつけ、③生上味漆(きじょうみうるし:日本産の色がついていない漆)を塗り、金粉が定着するようにしている。

 

「 “使いたい” と思ってもらえるものをつくるのは楽しいですよ。今後はアクセサリーも増やしていこうと思っています。最近は鎌倉彫の指輪をつくりました。」(志知氏)

 

木の温もりを残しながら、どっしりとした存在感を放つ志知氏作の鎌倉彫の指輪。

そんな指輪をつくりはじめたきっかけは、“結婚記念日につくって欲しい” というお客様からの依頼でした。しかしながら、木の指輪は一歩間違えるとすぐ割れてしまうため、高い技術力が必要。事情を説明し一度は制作を断ったものの、「志知氏にどうしてもつくってほしい」と懇願を受け、指輪づくりに着手したといいます。

 

 

 

「実は指輪づくりはこれまでも挑戦していましたが、すぐに割れてしまうため、つくることができなかったんです。だから今回も無理じゃないかなって思っていたら、たまたま神奈川県内に自生するいい木と出合うことができて、結果的にとても丈夫な作品をつくることができました。こんなに割れない指輪をつくってる人は、他にいないんじゃないかと思うくらいですよ。」(志知氏)

 

お客様の要望から生まれた志知氏の指輪ですが、指輪以外にもオリジナル作品を依頼されることがあり、その度に志知氏はやりがいを感じるのだそう。

 

 

「オーダーメイドは、その人の“好き”や“こだわり”といった部分がすごく出ます。そういった、一人一人が大事にされている、その人の核のような部分に触れることができることがとても面白いです。」(志知氏)

 

鎌倉彫を通してお客様とコミュニケーションをとられている志知氏。完成した作品を見て喜んでくれる姿を見るのも、鎌倉彫に携わってきて嬉しいと思う瞬間だと話します。

 

鎌倉彫が持つ無限の可能性! 受け継がれてきた職人の技術と木と漆のあたたかさ

 

これまでたくさんの作品を生み出してきた志知氏ですが、そのアイディアはどのように生まれるのか。志知氏に作品の核となる “アイディアを生み出すきっかけ” について聞いてみました。

 

「特別な何かがアイディアのきっかけになるというよりも、私自身はものをよく見ることを意識しています。私たちは普段、ものを見ているようで、全然しっかりと見えていないし、案外覚えていないんです。なので葉を一枚書くにしても、改めて葉を見ると、自然界のものを前にして自分の力量のなさに愕然とします。自然のものって力強く、生命力があって本当にすごいと感じますよ。つまりは、全てのものがアイディアのもとになるんです。」(志知氏)

 

そんな志知氏の今後の展望は、建築の内装及び壁面などに鎌倉彫(木と漆)の技術を活かすこと。「木と漆の可能性ってすごくあって、将来性も無限だと思うんです。その中で“自分は何ができるんだ”ということをいつも考えていますね。」と志知氏は笑顔で話します。

 

 

今後も大好きな鎌倉彫を作り続けるため、健康管理にも気を付けているという志知氏が語る、奥深い鎌倉彫の魅力。700~800年の月日を経てもなお、人々を魅了し続ける鎌倉彫の世界には、受け継がれてきた職人の技術と木と漆が持つあたたかさ、そして無限の可能性がありました。

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