時代が変化しても “使いたい” と思われる伝統工芸品をつくりたい。独学で技術を習得した職人が生み出す「つまみかんざし」とは

前略、ライフスタイルにあったものづくりをする若き職人を知りたいアナタへ

長きにわたり、人の手で繋いできた伝統工芸の技術。戦後におけるライフスタイルの変化により、一度は陰りをみせた伝統工芸でしたが、その技術の独自性や繊細さから国内外より再評価をされ、地方経済の活性化などでも注目を受けています。そんな中、「 “伝統工芸だから” ではなく、“素敵だから” という理由で選んでもらいたい」と、使い手の気持ちに寄り添い、活動されている伝統工芸士がいます。

今回取材をさせて頂いたのは、つまみかんざし彩野で代表を務める藤井彩野氏。独学で伝統工芸の技術を学び、現代と江戸時代から続く伝統技術の架け橋として奮起している藤井氏に「人との関わりで生まれる伝統工芸の新たな形」について伺いました。

藤井 彩野(Ayano Fujii)氏 つまみかんざし彩野 代表、作家 / 学生時代に江戸つまみかんざしのワークショップに参加したことから、独学でつまみかんざしの制作をはじめる。2005年につまみかんざし彩野の屋号で事業を開始し、「つまみ細工を日常に」をコンセプトに、つまみ細工の技術を用いた商品を制作する。2018年に千葉県指定伝統的工芸品製作者に認定された。

 

 

「コミュニケーションが取れない…。」伝統工芸へのきっかけは、語学研修での悔しい思い出

鮮やかな色味、立体でぷっくりした美しいシルエット。まるで美術品のような美しい造形で、一目で心奪われる伝統工芸品「つまみ細工」をご存知でしょうか。

「つまみ細工」とは正方形に裁断した布を、ピンセットを使って折りたたんで花びらの形にし、それらを組み合わせて花などのモチーフをつくる伝統工芸。そのつまみ細工で作ったかんざしのことを「つまみかんざし」と呼び、東京都や千葉県の伝統的工芸品に指定されています。つまみかんざしの起こりは諸説ありますが、江戸時代初期に江戸城大奥で働く女性たちが、古くなった着物を再利用してかんざしにしたのが始まりとも言われ、女性たちの日本髪を彩る髪飾りとして長年愛されてきました。

 

今回取材した藤井氏が代表を務める “つまみかんざし彩野” は、 “江戸つまみかんざし” や、つまみ細工の技法を用いた作品づくりを千葉県松戸市で行う女性チーム。制作活動だけでなく “つまみ細工の美しさと物づくりの楽しさを知ってもらいたい” と、つまみ細工のワークショップも行っています。

そんな藤井氏が伝統工芸への道に進んだきっかけは、海外で経験した悔しい思いからだったといいます。

「ずっと海外で働きたいと思っていて、大学1年生のときに韓国へ語学研修に行ったんです。とても充実した研修でしたが、海外の文化を教えてもらってばかりの自分に気がつきました。せっかく交流できる場なのに、“私は海外の方に提供できるものがない。日本のことを何も知らない=コミュニケーションのきっかけを失ってる”と気付いたんです。それがとても悔しくて、海外を知る前にまずは日本のことを知ろうと思いましたね。」(藤井氏)

 

“自分ばかりが教えてもらう” という一方通行の情報提供では、本当のコミュニケーションをとることができないと考えた藤井氏。本気で海外で働きたいからこそ、まずは自国のことを学ぼうと思い、帰国後は、百貨店の伝統工芸展に足を運んだり、日本文化に関する大学の講義を受けたりと、伝統工芸について積極的に学んだといいます。 

 

平面が立体に!でんぷん糊とピンセットでつくり上げる「つまみかんざし」の面白さ

海外での経験から “日本文化を知ることが自分のアイデンティティになる” と考え行動していた際に、偶然手にしたのが “江戸つまみかんざし” のパンフレットだったといいます。

「江戸つまみかんざしのワークショップが開催されていたので、早速体験を申し込みました。伝統工芸について触れたことがなかった私には、体験型で伝統工芸を知ることができる経験は大きな意味がありましたね。」(藤井氏)

つまみかんざしづくりに必要なものは、主にでんぷん糊とピンセット、そして素材となる「薄い絹布」。特別な道具や機械が必要とされがちな伝統工芸界において、画期的に感じたと藤井氏はいいます。

つまみ細工は、正方形の布を対角線で二つ折りにして三角形を作り、そこからさらに二つ折りにして作った三角形を整えたら、花びら1枚が完成する
花びら1枚が完成するごとに、でんぷん糊を広げた板の上に花びらを置いていき、花びらの枚数が揃ったところで、花びらを土台に葺(ふ)いて、立体的な一つの花にしていく。

 

 「簡単な材料だけで、ただの平面の生地がどんどん立体的になるのが面白いんです!しかも、かんざしは日本特有のアクセサリー。この技術を覚えておけば、きっと海外でも喜ばれると思いました。」(藤井氏)

ワークショップを終えてからも、藤井氏はつまみかんざしへの熱が冷めず、自分自身でデザインを考え制作に励むにつれ、友人から成人式や卒業式用のかんざしを頼まれるようになります。

 

花びらを一枚一枚土台に葺(ふ)くことにより、立体にしている様子。つまみ細工の技法もいたってシンプルで、丸く優しい形の『丸つまみ』と、細くとがった凛とした形の『剣つまみ』の2種類が基本。この2種類の技法を応用し、布の種類や大きさ 色合いを工夫して様々な表情を生み出していくのが職人の腕のみせどころ。写真は『丸つまみ』。

「つまみかんざしは、特別な日や人生の節目に使われるアクセサリーなので、私のつくった作品が、友人のスペシャルな日に携われるのってすごく素敵だと、嬉しくなりました。」(藤井氏)

自分の作品を通じて、友人たちとより深く繋がることができる。通常では体験できない喜びを大学時代に学んだと藤井氏は笑顔で話します。

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“つまみ細工を日常に”。独学で学んできたからこそ、つまみかんざし職人との架け橋になる作品作りへ

大学卒業を前に、当初は一般企業への就職活動を試みていた藤井氏ですが、大学時代に夢中になった “つまみかんざし職人” の後継者不足を知り、職人への想いが芽生えます。

「いくつかの工房へ弟子入りをお願いしましたが、どこも叶いませんでした。“何故弟子をとっていないのか” を考えたときに、様々な理由があると思うんですが、“つまみかんざしに出会う機会が少なく、ニーズも昔ほど多くないから” という理由も一つあるかなと思ったんです。」(藤井氏)

つまみかんざしは、現在では和装をした特別な日に使われることがほとんど。自身が弟子入りを断られた経験をもとに、“つまみかんざしの技法で日常使いのアイテムをつくることができれば、興味を持ってもらえて需要が増えるかもしれない!” と藤井氏は考えはじめます。

「特別な日ではなく、日常使いの商品をつまみ細工で作れば、目に留めてもらえる機会が増え、ニーズも増えるのではと思ったんです。あとは、弟子入りができなかったことで、“私は王道のかんざしをつくってはいけない” という気持ちがありました。“自分だからこそ生み出せる商品をつくり、それがきっかけとなってつまみかんざし職人さんの技術を知ってもらえたら嬉しい” という想いもありましたね。」(藤井氏)

 

一アロマディフューザー「kaminoka-紙ノ香-」。つまみ細工と和紙を融合させ、今までにはない新しい形で「つまみ細工」を楽しめるアイテム。


“弟子入りをさせてもらえない=諦める” ではなく、弟子入りできなかったからこそ、その理由を考え、自分の商品でつまみかんざし職人さんへの懸け橋になろうと考えたと藤井氏は話します。

 

大切にしたいのは “お客様と一緒につくる感覚” 。コミュニケーションが育む作品づくりのヒントとは

とはいえ、弟子入りの道が断たれた中でも、職人の道を進むことは並大抵のことではありません。それでもなお、その道を進もうと思えたのだろうか。

「私の作品に “ニーズがあるかも” と感じたからだと思います。職人の道を目指しながら、当時は着物屋でアルバイトもしていて、その中でお客様から “着物の端切れがもったいないから、何かつくって” と、お題をもらうことがあったんです。今、私がつけている帯留めも、着物の端切れでつくったんですけど、お客様からお題を頂いているうちに、“私にもつくってほしい!” とお願いされることが増えていきました。そんな風にお客様が私に自信をつけて育ててくださったから、今までやってこれたんだと思います。」(藤井氏)

 

こちらの写真は、細くとがった凛とした形の『剣つまみ』。着物と同じ生地で作られているため、統一感があり、とても素敵な仕上がりとなっている。

 

その当時アルバイトをしていた着物屋には、年配の女性も多く来られており、“ミセスの方でも楽しめる、つまみかんざしの技術を活用したアイテムはないか” と考え、ブローチや帯留めをつくるヒントを得たといいます。そんな藤井氏の作品は、常にお客様とのコミュニケーションを大切にしてつくられているのも特徴の一つ。

「ワークショップでは、お客様に直接 “何をつくりたいですか?” と聞くことが多いですね。“卒業式用のコサージュを作りたい” って言われたらそのプランを考えたり、“何の花をモチーフに作りたいですか?” って聞いてみたり。ワークショップは色んな技法を知っていただく大事な機会でもあります。みなさんが興味のあるものを具現化し、制作をサポートすることが、私たちの役割だと思うんです。皆さんとお話ししながら楽しく作ってもらい、出来上がったものを身に着けてもらう。それが素敵だなと思います。」(藤井氏)

“ワークショップを通じて人間関係が生まれることが嬉しい” と語る藤井氏。オーダーメイド作品では、“使用する日のシチュエーションはもちろんのこと、その日着る着物を選んだ理由” などお客様だけが持つオリジナルストーリーを掘り下げていくといいます。

「物を選ぶときは、それを選ぶ人が持つそれぞれの考えや想いが必ずあります。オーダーメイド作品は、作家だけがつくるものじゃない。お客様の希望があって出来る、世界で一つだけのものですから、お客様にも一緒につくるという感覚をもってもらえたら嬉しいと思います。」(藤井氏)

 

「100年先の未来にも、この技術を繋げたい!」人への想いが紡いだ伝統工芸に対する使命感

最後に、藤井氏に今後のつまみ細工への想いを聞いてみました。

「これまでは、“人が喜ぶのが嬉しい” という想い一筋で活動してきました。でも2018年に千葉県指定伝統的工芸品製作者に認定していただいたことで、“この技術を次の世代へ伝えなくちゃ” という想いに変わっていきました。」(藤井氏)

2021年現在のつまみかんざし職人は十数名程。独学で技術を紡いできた藤井氏でしたが、2018年に伝統工芸士に認定されたことで、この技術をより多くの人に伝えたいという使命感を持ったといいます。

「時代ごとに必要とされるものは変わっていくと思います。今後もみなさんの意見を伺いながら作品を作るというスタンスは変えずに、自分たちの技術をどう活用できるかを考え、作品づくりを続けていきたいと思っています。」(藤井氏)

藤井氏の軌跡には、必ず “人との関わり” が登場します。

 

 

「100年先の未来にも、この技術を繋げたい」と、伝統工芸と人とを紡ぐ活動に込めた想いには、学生時代の藤井氏の想いから変わらない「人と心を通わせたい」という深い愛情が込められていました。

そんな藤井氏のあたたかい想いを伝統工芸に乗せ、過去から未来へと繋がっていく。人々への想いを紡ぐ美しい作品は、人々の想いに寄り添いながら多くの人を魅了し続けていきます。

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