300年以上続く工房に弟子入りした壺屋焼職人を取材。世代問わず多くのファンを魅了する「育陶園」のチーム力とは

前略、世代間問わず人気を集める工房の秘密を知りたいアナタへ

沖縄を代表する焼き物「壺屋焼(つぼややき)」。素朴で力強いつくりが特徴の壺屋焼は、1976 国の伝統的工芸品に指定された。

かつて琉球王国という一つの国であった沖縄は、諸外国との外交・貿易を通じて、独自の文化を発展。焼き物がつくられたのは16世紀後半といわれている。1682年には、陶器産業により力を注ぐため、点在していた3つの窯場(知花・宝口・湧田)を現在の那覇中心部へ統合、その場所を「壺屋」と命名。壺屋焼の歴史が始まった瞬間だった。

現在、壺屋には14の窯元があり、「やちむん*1 通り」と呼ばれる通りには、40もの販売店が並んでいる。

 

やちむん通り

 

 

今回は、そんな那覇・壺屋のやちむん通りで約300年続き、壺屋焼の普及に大きく貢献しながら、多くの人の生活を豊かにするために新しい取組も手がける有限会社育陶園(いくとうえん)で働く壺屋焼職人の砂川良美氏を取材。

 

一人前の職人になるには10年以上時間がかかると言われている世界に、たった一人で飛び込み、17年経った今でも、愚直に成長し続ける砂川氏の想いと、多くのファンを魅了する育陶園の裏側に迫りました。

 

砂川 良美(Yoshimi Sunagawa)氏 壺屋焼職人・有限会社育陶園工房長 /1982年 那覇市生まれ。2003(西暦)年の時に育陶園に入り、壺屋焼職人を目指す。現在は、壺屋焼職人兼育陶園の工房長として、15名の壺屋焼職人とともに数多くの商品を生み出している。

 

 

*1 やちむん
沖縄の方言で焼き物を意味する

 

知識・人脈ゼロで壺屋焼職人の道へ。全て手作業で、正確な規格を求められる「壺屋焼」とは

 

創業300年以上の歴史を誇る壺屋焼の窯元「育陶園」。六代目を受け継ぐ高江洲 忠氏は、2002年に伝統工芸士に認定され、2001年に開催された沖縄サミットでは、忠氏が手がけた茶碗が晩餐会で使用された。

 

育陶園の工房に、当時壺屋焼の知識も人脈もない中で果敢に飛び込んでいったのが今回取材した砂川氏だ。

 

「たまたまテレビで焼き物の職人さんをみて、単純にかっこいいと思ったんです。憧れでした。私も焼き物をやりたいと思って、タウンページを開いて、とにかく一番上から電話をしようと思って、最初に電話をかけたのが育陶園だったんです」(砂川氏)

 

電話をするとその場ですぐに顔を出しにおいでと言われ、そのまま工房に入って17年になるという砂川氏。工房には職人歴30年以上の偉大なる壺屋焼職人もたくさんいる中で、現在では工房長を任されている。

 

育陶園の陶器は全て正確に規格が決まっているんです。手作業だからといって、バラバラの大きさでは商品になりません。とはいえ、1,2mmずれているだけでも完成した際の大きさが変わってしまうので、縦・横・高さを正確に合わせることがとても大変で、17年経った今でも、ひたすら形を作って、削って、調整しての繰り返しですね。先輩職人にたくさんアドバイスをもらいながら、試行錯誤を続けています」(砂川氏)

 

壺屋焼職人にとって、重要なのは指先の感覚。指の腹が触れるギリギリを保ちながら、規定のサイズへと整形するため、各商品ごとにつくられた測り(トンボ)を使って、作品の形を測りながら微調整を行うのだ。

 

トンボだけに限らず、陶器のサイズを図るため、工房には数多くの道具が置いてある。中には、自分たちでつくる道具もあるとのこと。

 

  

材料も全て沖縄で採れた自然のものを使っているので、原材料の成分に多少のズレがあり、作品も影響を受けます。日によって土の乾燥スピードも変わりますし、職人によってもいろんな癖を持っているので、誰がいつつくってもブレなく同じ商品を生み出すために、細かい数値を取って分析することはもちろん、数字だけではわからないところもあるので、お互いの作品をこまめに触ったり、話すようにもしています」(砂川氏)

 

壺屋焼は、沖縄の土を使わないと壺屋焼とは言えないため、育陶園では沖縄で採れる赤土、もしくは白土を使って作品をつくっている。しかし、島の""という資源は無限にあるわけではないため、形を調整する際に出た削りカス等を集めて、再び土として使えるよう、水と練り上げ使用している。また、使用されている釉薬の一部は、沖縄産のお米の籾殻を原材料にして工房独自に制作を行っている。

 

積極的に先輩職人からのアドバイスを聞き、若い職人の相談に乗ることは、育陶園の文化であり、見て覚えろというスタイルとは全く違うという。とはいえ、一人の職人が一つの商品をつくり続けるのではなく、職人全員が全ての商品をつくることは、一見非効率にも見えるが、あえてこの方法をとっている理由はどこにあるのだろうか?

 

一人ではできないことが、チームでやればできることが多いんです。私たちは土を整形するだけでなく、土作りや、陶器に色を出すための釉薬の調合、柄入れ(線ぼり作業)など、一つの商品をつくるのに多くの工程を踏みます。だからこそ、作業を分担してお互いにアドバイスし合うことで可能性の幅を広げているんです」(砂川氏)

 

「線彫り」。鉄を曲げ、自ら作った道具を使い、陶器に柄を入れていく。下書きは一切行わず、直接線を彫っていくことで、生き生きとした仕上がりになる。線彫りが少しでもズレると、その作品は商品として出すことができなくなるため、工房では常に緊張感が漂っている。

 

伝統と歴史を基礎に、新しい作品を「チームで」生み出し続ける

 

育陶園は本店のほかに、2つのテーマ別店舗をやちむん通りに展開している(取材時)。

 

“暮らしを心地よくをテーマにし、爽やかでシンプルな使いやすいデザインをメインに、新婚さんやカップル向けの陶器を揃えた「gumaguwa(ぐまぐわ)」と時を味わうをテーマにした、カッコイイこだわりのアイテムを手がける「Kamany(かまにー)」だ。

 

どちらも伝統の柄を発展させた新商品を構えており、若い人たちからも多くの支持を集めている。

「今まで育陶園がつくってきた全く同じ商品をそっくりそのままつくって出すだけでなく、私たちが生きている時代や感性に合わせて新しい商品を出していくことも大事だと思っています。ですが、何でもかんでも新しくすれば言い訳でもないので、育陶園や壺屋焼職人が積み重ねてきた歴史や伝統を基礎に、新しい作品を生み出していきたいですね」(砂川氏)

 

特に、新商品をつくるときには育陶園のチーム力が光ると砂川氏は話す。

 

「壺屋焼職人がいっぱいいるので、お互いに知恵を出しながら、どんな商品があったらいいかを話し合いながらやっています。チームだからこそいろんな発想が生まれるんです。工房にはどんどん新しいことにも挑戦していこう、自分の好きなものをつくってみようという風潮がありますし、若手がつくった作品が店頭に並ぶこともあって、いろんなことに挑戦させてもらえる今の環境が本当に楽しいですね」(砂川氏)

 

沖縄にしかない自然の材料で、全て手作業で作っているからこそ、せっかく形を整形しても乾燥の段階でヒビが入ってしまったり、形が潰れてしまったりすることが当たり前のように起こる壺屋焼の世界。長年取り続けてきた工房のデータと、17年続けてきた砂川氏の技術をもってしても上手くいかないことの方が多い中で、「大変なこともたくさんありますが、自分がイメージしていた通りに作品が焼きあがった瞬間が本当に嬉しくてたまらないんです」と、笑顔で話してくれた砂川氏。

300年以上続く歴史ある工房にも関わらず、常に新しい作品を生み出し、世代問わず多くのファンを魅了している育陶園には、職人歴を問わずお互いの挑戦心を受け入れ、支え合うチーム力があった

 

壺屋焼の伝統的な技術を直接肌で感じたいと思ったアナタへ。

 

CRAFT LETTERでは、沖縄・壺屋焼の産地にある工房で、あなたのためだけの時間を育陶園の職人さんに作ってもらうことができます。その考え方、技法に触れ、ただ直接話すもよし、オリジナルの商品を相談することも可能な職人さんに出逢う旅にでてみませんか?

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