一針一針から生み出される庄内刺し子の美しい世界

前略、出羽三山の自然と信仰が息づく庄内地方で、江戸時代から続く庄内刺し子を次の世代へと紡ぐ、作り手に出逢いたいアナタへ。

 

佐藤 恵美 氏 (さとう えみ)1998年、羽黒山頂に庄内刺し子の工房兼店舗を開く。看板犬の一休(いっきゅう)とともに庄内刺し子づくりに勤しみながら、日々あらたな文様と技法に挑戦している。刺し子の魅力を広め後身の指導を目的に刺し子教室を主催し、これまでの生徒さんは数百名以上に及ぶ。

 

 

江戸時代から続く庄内刺し子

 

山形県庄内地方、出羽三山のひとつ羽黒山の頂きに佐藤さんの庄内刺し子工房兼店舗があります。出羽三山とは、羽黒山(はぐろさん)、月山(がっさん)、湯殿山(ゆどのさん)の総称で、精霊の山であると同時に明治時代までは神仏習合の権現を祀る修験道の山とされ三山をめぐることは、死と再生をたどる「生まれかわりの旅」ともいわれています。

 

 

標高414メートルの羽黒山山頂の澄んだ空気に包まれた工房で作られる庄内刺し子は、青森県の「津軽こぎん刺し」、「南部菱刺し」とともに、日本三大刺しと呼ばれ、その起こりは江戸時代にまで遡ります。江戸時代、北前船の西廻り航路が開かれ、関西方面からの物資が庄内に移入されるようになってきてから、この地方にも木綿が入ってきました。その当時、木綿は大変貴重なものであったため、少しでも長く使えるよう庄内地方の人々の間で生地を補強するために刺し子が普及したといわれています。

 

きびしい風土のなかで暮らした先人たちは布を大切にし、気の遠くなるような時間をかけて、一針一針刺し込むことによりどんな労働にも耐えうる丈夫な布を生み出しました。布の補強、補修、防寒を目的にした庄内刺し子は、ただ貴重な木綿生地を大切に扱うだけでなく、その文様には庄内地方に生きる人々の願いや家族への愛情が込められています。豊作を祈る「米刺し」や魔除けの「麻の葉刺し」、商売繁盛を願う「そろばん刺し」などが代表的な文様として伝わっています。

 

 

佐藤さんの工房兼店舗で、ひときわ目をひく大作の半纏。

 

 

半纏の袖と胴から裾へと施された様々な刺し文様。

 

 

姿を変え、今に生きる刺し子の技術

 

現在の庄内刺し子は、防寒や耐久性などを目的にすることは殆どなくなり、古くから伝わる刺し文様を受け継ぎながらも、今の生活にあったもの作りに姿を変えているといわれています。

 

佐藤さんは、もともと和裁をしていたことから着物に刺し子をしてみたいという思いで庄内刺し子の世界を知り、その魅力にはまってしまったと話していただきました。今の様子を伺ってみると、「刺し子に取り掛かると楽しくて。毎年大きいものを作っていたけれども、だんだんと作れなくなって。半纏の作品も半年くらいかかっていますし、着物だとひとつの作品に1年くらいかかってしまいます。刺し子は裏をごまかそうとすれば、裏地をつければいいんだけど、裏をつけないで仕立てるのが難儀なんです。裏を見られても恥ずかしくないような仕事をしてね、とお教室の生徒さんにはいつも言っています」。

 

青森県の「津軽こぎん刺し」「南部菱刺し」と、庄内刺し子の違いは針の刺し方にあるといわれています。「津軽こぎん刺し」、「南部菱刺し」は、基本的に横にだけ刺すのに対し、庄内刺し子は縦、横、斜めにも刺します。この刺し方が、この地方にだけ伝わる独特の文様が生み出してきたことは、佐藤さんのお話しと作品から伝わってきます。

 

「庄内刺し子の刺し方は、とても自由だと思っています。新しい刺し方に年配の方は、たまに異を唱える方もいますが、50年後にはまた古くなりますから、新しい刺しが今、生まれてもいいと思っています。江戸時代からの野良着ばかりつくっていても時代にあわない。常に時代にあった自由な考え方が、次の世代にその技術と文化を繋げていく大事な要素だと思っています」。

 

自由な発想で作品を生み出す佐藤さん。

 

 

佐藤さん独自の文様のひとつに『小花刺し』があります。どんな文様かと尋ねてみると作品を差し出しながら、「小花刺しから、いろいろとバージョンアップをした多くの文様が生まれています。昔のひともおんなじだと思うんですけど、刺し子の魅力はあんまり深く考えなくていいこと。雪深い地方だから、冬はみんなで集まって刺すのが楽しかったから続いてきた文化かな、と思っています」。

 

右から2番目が佐藤さんオリジナルの小花刺し。

 

淡々と針を進めていく佐藤さん。

 

 

CZAPEKというスイスの高級時計ブランドとの出会い

 

20247月、伊勢丹新宿店で年に一度行われる時計の祭典「ウォッチコレクターズ ウィーク」で発売のCZAPEKの新作モデルにあわせ制作された庄内刺し子オリジナルウォッチピローは、佐藤さんの庄内刺し子へのたくさんの想いと技巧を通した特別なアイテムとなっています。新作のモチーフになっている蓮の文様をウォッチピロー全面に刺すだけでなく、中央の蓮の花を表現する線の一部分には“捻り(ねじり)”という技術を取り入れることで文様自体を立体的に表現したことを詳しく聞かせていただきました。

 

「この蓮の文様は、チクチク細かく縫ったところに、かけてかけて、くぐしていく刺し方なんです。刺し子の線の表現には何種類かあって、今回はアクセントとして捻りをいれました。捻りをいれた蓮を表現する7本の線の中には、私が一番好きな刺し文様の花十字をいれています。とてもわかりづらいですが、4本の花十字を2つの蓮の中に刺してあります。割となにをつくるにも私の作品には、花十字の文様がはいっていますね。花十字の文様は、うんと古いものにはあまり見られない文様なので、昭和にはいってからできた文様なのかもしれないです。庄内刺し子の花系の刺しは、女性たちの間できれいね、と言って生まれてきたものだと思っています」。

 

佐藤さんのオリジナルウォッチピローを見せていただき、施された花十字文様からは、庄内地方の女性たちに愛され受け継がれてきた美しい世界観が伝わってきました。

 

写真左/庄内刺し子オリジナルウォッチピロー。写真右/ピロー袋。

 

刺し子がつなぐ日本とスイスの永遠というテーマ

 

なぜ、CZAPEKのアンタークティック新作にSASHIKOというモデルが生まれたのでしょう。

Czapek & Cie CEOのザビエル氏に事前ヒアリングを行なった際に、その意図を感じることができました。

SASHIKOを見て、とても素敵なものだと思いました。SASHIKOの幾何学模様は、印象的(striking)であり、同時に静か(calm)であるという2つの要素があります。また、この要素とあわせリピートされていることも重要な点です。特別な「もの」がリピートされることで良いものになり、それが美しいものになります。そして、それは刺繍をする「妻への愛」ともつながり、私が刺し子を重要だと思う理由です。なぜなら我々が行っているのも永遠を探す(look for eternity)ことにあるからです」。

ザビエル氏が語る『永遠を探す』というひと言で新作SASHIKOの誕生背景が理解できました。蓮の花をモチーフとした幾何学的なパターンのSASHIKOは、光の入る角度によって、立体的に表現された三角形の組み合わせで蓮の花が輝きを放ち、浮かび上がります。繊細な輝きで表現される蓮の花。何故、蓮の花だったのかをザビエル氏に伺ってみました。

「ロータスフラワーは “永遠(eternity)”に通ずる重要な花です。我々は、ロータスフラワーが永遠を意味する事を知る前に、このデザインを選んでいました。その後に、ロータスフラワーについて学ぶ中で、“永遠(eternity)”のシンボルであることを知ることができ完璧だと思いました。感じる何かがあって、だから我々はデザインに選んだのだと思います」。

 

9,600キロメートル離れた日本とスイス。それぞれの場所で受け継がれる作り手の想いには、ともに家族を愛する人としての普遍かつ永遠の愛が表現されている素敵な世界を知ることができました。

 

2024年7月3日発売 CZAPEK新作 伊勢丹新宿店限定モデル  アンタークティック SASHIKO SSケース:直径40.5㎜/約60時間パワーリザーブ/12気圧防水/自動巻/伊勢丹新宿店限定45点

 

 

 

 

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