「五彩」と呼ばれる絵の具で彩られた装飾の美しさで、多くの人を魅了する九谷焼。時代を超えて引き継がれてきた伝統的な技法と、次世代に残したい思いとは。

職人技から、自己表現の場へ。伝統を受け継ぐだけではない、その一歩先の未来について考える。

2013年に設立された独立工房「創楽庵」。親方の佐藤剛志氏は、伝統九谷の作品を生み出しながら、意欲的な若者たちに九谷焼の技法を伝えている。会社員から未経験で伝統工芸の道へ転身した異例の経歴を持つ佐藤氏は、30年以上にわたり九谷焼の世界に身を置いてきた。そんな佐藤氏に、九谷焼の魅力や技法、そして時代の変遷に伴う伝統工芸の課題や未来について語ってもらった。

 

転職をきっかけに、未経験の九谷焼の世界へ

 

佐藤さんが九谷焼の世界に足を踏み入れたのは、偶然の出会いがきっかけだった。元々は大手電機メーカーで産業ロボットの操作や補修を担当していたが、20代半ばで転職を考えていたときに、焼き物の仕事の求人を目にしたのだ。

 

4年ほどサラリーマンを続けた頃に、ちょっと会社を変えてみたいと思ったんです。そのとき、焼き物の会社を見つけ、面白そうだなと思って面接を受けました」(佐藤氏)

 

焼き物の技術も知識も全くなかった佐藤さんだったが、当時の親方から「五体満足で働けるなら来てくれ」と言われ、そのまま入社することになったという。

 

「最初は、土を練ったり、叩いてスライスしたり、窯を詰めたりといった下仕事が中心でした。一方で、昔から働いている人が、絵を描いたりろくろを回したりしているのを見て、自分もやってみたくなったんですね。そこで、週に1日だけろくろを教える学校に通い始めました」(佐藤氏)

 

この頃、水墨画も並行して学び始めた佐藤さん。なぜ水墨画を選んだのか聞いてみた。

 

「僕は、九谷焼の技術を何も持たずにこの世界に入ったので、絵を描くなら水墨画を覚えるのがいいんじゃないかと思ったんです。素材は違いますが、絵の構図や画面の構成などが似ていて、九谷焼に生かせそうだなと。例えば、絵付けをする際に、このモチーフはどこに置いた方がいいのか、水墨画をやっていると見えてくるんです。それに、水墨画は描き直しが効かない一発勝負。紙に描くので油絵のように上から色をごまかすってこともできません。焼き物の世界も似ていて、何度も描き直すより一気に描いた方が筆が走ります。そこにも水墨画の技術が役立っています」(佐藤氏)

 

佐藤様の作業風景

 

九谷五彩で描かれる鮮やかな色彩と、大胆かつ繊細な筆使い

 

九谷焼の制作過程は、非常に複雑で時間がかかる。まず、土を成形し、素焼きをする。その後、うわぐすりをかけて焼き、その上に絵付けを施す。さらにもう一度うわぐすりをかけてから、最後の焼成を行う。

「素焼きのときの温度は800℃で、色を付けた後は1300℃近い温度で焼き上げます。色によっても温度を変えるため、この作業を何度も繰り返すんです。作品によって異なりますが、完成までに1カ月ほどかかることが多いですね」(佐藤氏)

 

九谷焼の最大の特徴は、「九谷五彩」と呼ばれる紺青・紫・赤・緑・黄の5色の和絵の具を用いた鮮やかな色彩と繊細な絵付けにある。

 

作業道具

 

「九谷焼の魅力は、色絵です。色を使って自分の思いや世界観を自由に表現できる。独自の世界観で描き続けているうちに、絵柄を見ただけで誰の作品かが分かるようになります」(佐藤氏)

 

特に絵付けは、九谷焼の魅力を最大限に引き出す重要な技術だ。佐藤さんは、絵付けの難しさについて次のように語る。

「紙に描くときと違い、焼き物の表面は絵の具が染み込んでいきません。水分を吸ってしまうと焼き物にならないので、染み込まないようになっているからです。だから、絵の具を塗ると、たらたらと垂れてきてしまう。垂れてくるのを防ぎながら、うまく塗るのが難しい部分です」(佐藤氏)

 

また、色の調合も重要な要素だ。

「九谷五彩といっても、単に5色の絵の具で描いているわけではありません。例えば、同じ青でも、イメージによってさまざまな色合いがあります。その微妙な違いを、作家自らが調合して表現しているんです。うちの工房の場合は、青だけで紫青・薄青など4種類の色があります。五彩それぞれに、そういった微妙な違いの色が数種類あるので、実際は何十色もの絵の具を使っていることになるんですよ」

 

絵付工程

 

ただ、焼き物の場合、焼いた後に色が変わってしまうという難しさもあるという。

「思っていた色と違い、もう一度調合し直すということもあります。混ぜるものの配分を変えながら、気に入った色ができるまで調合を繰り返す。それだけで何日もかかることも珍しくありません」(佐藤氏)

 

さらに、筆使いにも技術が必要だという。

「細い筆を使ってきれいに書こうとすると、どうしても慎重になってしまいます。でも、そうすると手の震えみたいなものが出てしまうんです。だから、いったん筆を下ろしたら、一気に最後まで描かなきゃいけない。多少筆がブレても、それは生きた人間が描いた証拠だし、その勢いが魅力でもあるんですよね。また、筆から飛び出ている毛を使って細い線を描くこともあります。まさに筆の毛11本で書くんです。一見べたっと塗っているように見えている部分も、細かい線を書き足して仕上げていることもあるんですよ」(佐藤氏)

これらの技法や技術が、九谷焼の絵付けの美しさを生み出しているといってよいだろう。

 

九谷焼の魅力は、「残る」ことにもあると佐藤さんは語る。

「水墨画のように紙に描いたものは5060年経ったら、劣化したり黄ばんだりして、捨てられてしまうかもしれませんでも、焼き物は、割れさえしなければ、100年でも200年でもずっとそのまま残るんです。自分が死んだ後も、生きていたという痕跡を残せる。そこも九谷焼のいいところだと思います」(佐藤氏)

 

また、使い手にとっても九谷焼は美しく、贈り物としても喜ばれることが多い。 「軽くて使いやすい作品も多いので、ぜひ実際に使ってもらい、その良さを感じてもらいたいですね」(佐藤氏)

佐藤様が作られた馬上杯

 

使う土が変わったら、九谷焼ではなくなってしまう

 

九谷焼は長い歴史と豊かな表現力を持つ一方で、現代社会においてさまざまな問題に直面している。中でも、粘度や絵の具など、九谷焼の制作にとって欠かせない原材料の枯渇や調達の問題は深刻だ。

「昔は粘土を管理する杯土組合があったのですが、20年以上前に解散してしまい、現在残っている粘土屋さんは2軒しかありません。この2軒がなくなると、九谷焼は終わってしまうでしょう」(佐藤氏)

 

しかし、粘土に関しては埋蔵量にも課題があるという。「今、一番怖いと思っているのは、粘土の採掘です」と佐藤さんは危機感を露わにする。九谷焼の特徴的な質感を生み出す地元の粘土が、住宅開発などにより採掘できなくなる可能性があるのだ。

「違う場所の土を使ったら、九谷焼ではなくなってしまうんです」(佐藤氏)

 

1988年に九谷焼技術研修所にて陶技を学ぶ。また同時期より高尾升道師にて水墨画を習い始める。1992年石川県水墨画協会展初入選 以降、入選入賞多数。2013年に独立、創楽庵を創設。

 

絵の具についても同様の問題があると佐藤さんは話す。

「九谷焼で使う絵の具は、コバルトや二酸化鉄、銅やマンガンなどいろいろな原料で作られています。それを作る絵の具屋さんも、今は一カ所しかありません。上絵組合というのがあって、そこでもかろうじて作ってはいますが、1色作るのに3日かかるんです」(佐藤氏)

 

さらに、原材料の変化自体も作品の質に影響を及ぼす。例えば、鉛の使用規制により、従来の深みのある色彩を出すことが難しくなっているのだ。

「鉛が入っていないと色が浅くなるんです。昔ながらのデザインを今の絵の具で再現しようとしても、色彩の重みが全く違ってしまう。色の深みを出すために、自分でいろいろ調合しながら、鉛が入った色合いに近づけるように工夫しています。ただ、一方で、ポップで軽い感じの絵をモチーフにする作家さんにとっては、鉛なしの色がちょうどよかったりもするんです」(佐藤氏)

 

 

職人の技術継承の問題もある。

「昔は、問屋さんから注文されれば、どんなに難しい絵柄でも簡単に手描きで作れてしまう職人さんがたくさんいました。でも今は、そういった職人さんもみな高齢化し、技術を継承する人がいません。これを手描きでやってくれって言われると、僕ら作家でも難しい。そういう仕事をできる人がいなくなってしまったので、今はもう全部シールに置き換わってしまっています」(佐藤氏)

 

伝統技法を織り交ぜながら自分の世界を表現する若者に期待

 

伝統的な技法を持つ職人の高齢化が進む一方で、若い世代は自己表現としての九谷焼を志向する傾向にある。「伝統工芸品というのは、伝統的なものを受け継ぐだけではないなと、最近感じるようになりました」と佐藤さんは話す。

 

「若い子たちは、最初から自分のオリジナル作品を作ろうとしています。九谷焼は伝統工芸品ですが、若い子からの視点で見ると、自己表現の1つなんです。他の工芸品や書などがある中で、たまたま九谷焼を見て『きれいだからこれが好き』と飛び込んでくる子もいる。学校などで技術や技法を学んだ後、自分なりのフィルターを通して作品を作っています。昔ながらの絵の具や伝統技法を使いながら自分の世界観を表現する。これが今の伝統九谷なのかなと感じています」(佐藤氏)

 

ワインカップ

 

原材料や後継者など、根深い問題を抱えているものの、佐藤さんは九谷焼の未来に対する希望も持っている。それは、若い世代の活躍だ。

 

「九谷焼の世界で活躍している若い子たちがどんどん出てきています。彼らが一人前の作家として引き継いでやってくれるまで、九谷焼の伝統技法を守っていくのが、今の僕らの課題ですね。若い子たちは、今九谷焼にどういう問題が起きているのかを知りません。問題を解決するのは簡単なことではありませんが、彼らが心配しなくてもいいように残していかないといけないですね」(佐藤氏)

 

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